Shooting Tokyo

東京を撮り歩く

【259】荒川区南千住 軍需工場から光の球場へ

かつて南千住に、「光の球場」とよばれた東京スタジアがあったことは、「こち亀」を読むなどして知っていました。しかし、さらに遡ると軍服の生地などを作る軍需工場の跡地だったとは、今まで知りませんでした。工場を取り囲んでいた煉瓦造りの高い塀が、今もひっそりと残っていました。

 

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工場の東側の塀です。「ライフ」というスーパーの駐輪場の横に立っています。1962年から72年までここにあった毎日大映オリオンズ(現・千葉ロッテマリーンズ)の本拠地・東京スタジアムの塀の役割も果たしていたそうです。ナイター設備を完備し、「光の球場」と呼ばれたスタジアムは多くの観客を集めたようですが、今は静かな住宅街で、往年の面影は感じられませんでした。

 

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工場はこんな感じだったようです。内務卿・大久保利通の指示のもと、明治政府が設立した日本初の近代的な毛織物工場「千住製絨所」をぐるりと囲んでいたそうです。軍服の生地などを作るとともに、民間の毛織物工場のモデル役を担っていました。日本初の近代的な絹糸工場だった富岡製糸場みたいですね。

 

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戦後は民間の毛織物メーカーに払い下げられたということなので、軍需工場ながら空襲で焼けずに残ったのかもしれません。南千住周辺は大きな被害を受けたと思うのですが。

 

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敷地跡の一画に立つ荒川総合スポーツセンターには、工場の設立に奔走した初代所長・井上省三の像が。羊の飾りが目を引きます。井上は長州藩奇兵隊隊長として徳川幕府と戦い、維新後はドイツに留学、産業が国を強くすると考えて毛織技術を学んだそうです。

 

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近くに都電荒川線の「荒川区役所前」停留所がありました。スカイツリーが見えました。

 

Nikon D800で撮影

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