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Shooting Tokyo

東京を撮り歩く

【163】墨田区堤通 幻の隅田宿

墨田区 RICOH GR

墨田区側の隅田川沿いには、平安時代から栄え、江戸時代に廃れてしまった宿場町があったそうです。鎌倉を目指した源頼朝が、ここから武蔵国へ川を渡ったという記録が残されています。現在の白鬚橋の西側一帯が「隅田宿」のあった場所とされていますが、正確なところは今も分かっていないそうです。

 

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東武スカイツリーラインの鐘ケ淵駅から、隅田川方面へ歩いて15分くらい。巨大な団地群の裏手に広がる東白鬚公園を抜けていくと、隅田川神社にたどり着きます。「吾妻鏡」によると、伊豆で挙兵して敗れ、いったん房総へ逃れた源頼朝は、鎌倉へ向かう途中に隅田宿を通っています。川を渡るにあたり、この神社を創建したとか。現在の社殿は、もともとの場所から100メートル南に移設されています。

 

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東白鬚公園内にあった説明板。ベージュの部分が隅田宿のあったエリアとのことです。幹線道路が通り、渡船場が整備され、交通の要衝だったことが想像できます。

 

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東白鬚公園は、隅田川と巨大団地群に挟まれた南北に長い公園です。お年寄りがゲートボールを楽しんでいました。古い都営団地の例にもれず、ここも高齢化が進んでいるのかもしれません。園内には、976年に京都で人買いに連れ去られ、ここで亡くなった梅若丸の塚を起源とする木母寺があります。母親が彼を探し求める話は「梅若伝説」として有名で、能や歌舞伎の演目になっているらしいのですが、私は知りませんでした。

 

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公園にはまだヒマワリが咲いていました。

 

f:id:konob301:20160904212655j:plain墨堤通りを挟み、鐘ケ淵(現在は墨田区墨田)のほうを望みます。公園にあった説明板によると、通りの向こう側まで隅田宿でした。徳川が幕府を開いて日本の中心が江戸に移り、隅田川に千住大橋と両国橋が整備されると、ヒトのモノの流れが変わり、渡船場として栄えていた隅田宿は急速に賑わいを失っていったのだと思います。

 

f:id:konob301:20160903212908j:plainかつては渡船場、今は白鬚橋がかかっています。ここを渡ると台東区荒川区の区界に出ます。

 

Ricoh GRで撮影

 

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